慢性腸症とは?
慢性腸症(chronic enteropathy:CE)という言葉は、主に犬や猫に用いられる獣医学的な用語であり、人間の医療では一般的には使用されません。
定義として、「対症療法に抵抗性または再発性で3週間以上続く慢性の消化器症状を呈し、一般的な血液検査や画像検査で原因の特定には至らない、原因不明の消化器疾患」とされています。
人で似ている病気として「炎症性腸疾患(IBD)」が挙げられます。
炎症性腸疾患とは、免疫系の異常により自己の腸管組織を攻撃してしまうことによって、腸に慢性的な炎症が生じる病気と言われています。
主に潰瘍性大腸炎とクローン病の2種類があり、指定難病に分類されています。
犬や猫でも昔はIBDという言葉が使われていましたが、人と動物では病態のメカニズムや治療への反応が異なることが明らかになってきたため、近年ではより包括的な表現として「慢性腸症」という名称が主流となっています。

犬の慢性腸症は大きく以下のように分類されています。
食事反応性腸症(Food-responsive enteropathy:FRE)
フードを特定の療法食や低アレルゲンフードなどに切り替えることで、消化器症状が改善するタイプ。
抗生物質反応性腸症(Antibiotic-responsive enteropathy:ARE)
抗生剤を使用すると症状が軽減・消失するタイプ。
ただし、近年ではこの分類自体が再評価されつつあり、抗生物質が本当に必要なのか、耐性菌が出現するリスクはないのか、という点で見直されています。
ステロイド反応性腸症(Immune-modulating responsive enteropathy:RE)
ステロイド剤やその他の免疫抑制剤を使用することで改善が見られるタイプ。
FREやAREでは効果が見られなかった場合にこの治療法が選択されます。
治療抵抗性腸症(Non-responsive enteropathy:NRE)
どの治療を行っても消化器症状が改善しないパターン

割合として、FER>ARE>IRE>NREの順で多いと言われていましたが、近年ではAREという病態が疑問視され、今後無くなる可能性が示唆されています。
現在、様々な療法食やフードが発売されている中で、どのような食事を選ぶべきか、どのような治療があるのかを解説します。
犬の慢性腸症の原因とは?
犬の慢性腸症は上述の通り、原因がはっきりとしないことが殆どです。
しかし、食事や抗菌薬、免疫抑制剤が効果を示すことから、食物アレルギーや腸内細菌叢の乱れ、人のIBDに似た消化管への免疫反応が原因と予測されています。
犬の慢性腸症の症状は?
犬の慢性腸症の症状は、その他の病気とほぼ違いがない、下記のような非特異的な症状を示します。
- 吐いている
- 下痢をしている
- おならが多い
- お腹がギュルギュル鳴る
- お腹を触ると痛がる
- 祈りのポースをする
- 食欲が低下する
- 体重が減少する
また、犬が「食事をするとお腹が痛くなる」と学習し、食べることに不安感を抱き食欲が低下することも初期症状として経験します。
下痢に関して、その程度は様々で、常に水のような下痢をすることもあれば、最初は良い便で数回目から下痢になる、というパターンも存在します。
表1 犬における一般的な便スコアの基準
| スコア | 状態 | 説明 |
| 1 | 極端に硬い | 乾燥してコロコロ、小さな粒状、排便困難あり |
| 2 | 固め | しっかりした形、少し乾燥気味 |
| 3 | 理想的 | ソーセージ状で適度にしっとり、つかめる硬さ |
| 4 | やや柔らかい | 形はあるがややべたつき、袋越しでも形が崩れる |
| 5 | 柔らかく粘着性 | 形がなくベチャっとしている、拭き取りにくい |
| 6 | 半液状 | 水っぽく、少し固形部分が混ざることも |
| 7 | 完全な水様便 | 液体のみ、明らかな下痢状態 |
この表であれば、スコア1.5~3.5の間に入っていれば許容範囲、スコア1.5~2.5が理想的となります。
また、消化管は体長の数倍もある長い臓器です。
下痢の症状の違いにより、どの消化管に異常があるか判別できることがあります。
表2 小腸性下痢と大腸性下痢の特徴の違い
| 項目 | 小腸性下痢 | 大腸性下痢 |
| 排便回数 | 通常(2~3回/日) | 頻回(5回以上/日) |
| 便の性状 | 水様〜軟便、未消化物を含むことも | 粘液や鮮血を伴うことがある |
| テネスムス(しぶり) | 通常なし | あり |
| 体重減少 | 顕著(吸収障害が関与) | 軽度またはなし |
| 嘔吐 | しばしば伴う | あまり見られない |
| 色調 | タール状、黒色便 | 鮮血 |
犬の慢性腸症の診断に必要な検査は?

犬の慢性腸症の診断は、似たような症状を示す病気を除外し診断する「除外診断」がベースとなります。
下記のような病気が代表的なものとなります。
・寄生虫
ジアルジア、トリコモナス、コクシジウム、回虫、鉤虫、糞線虫など
・感染症
細菌性腸炎、ウイルス性腸炎など
・膵外分泌不全(EPI)
膵臓から分泌される消化酵素が不足し、大量の脂肪便や体重減少が起きる
・内分泌疾患
甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症(アジソン病)など
・腫瘍性疾患
リンパ腫(特に消化管型)、腺癌、肥満細胞腫、消化管間質腫瘍(GIST)など
・消化管内異物
特に部分閉塞では慢性的な嘔吐や下痢が断続的に見られることも
・肝疾患
・腎疾患
・食物アレルギー
・薬剤・中毒
これらの疾患を鑑別していくとなると、多くの検査を行う必要があります。
まず初めに行われるのが、院内での血液検査や便検査となります。
特に若齢だと寄生虫疾患、高齢だと内臓の疾患や内分泌疾患の可能性が高まります。
上記の検査で異常がない場合は、お腹のレントゲン検査や超音波検査を実施し、さらに細かく状態を把握していきます。
ここまでで内分泌疾患や腫瘍性疾患が疑わしい場合、ホルモン検査や細胞診の検査などを外注検査にて行います。
必要に応じ、食物アレルギーとしてアレルギー検査を実施することもあります。
関連記事:犬のアレルギー検査はやるべき?意味ない?何歳からできるの?
それでも異常が見つからない場合は、消化管そのものの異常である可能性が高まりますので、内視鏡もしくは開腹下での消化管の生検(一部を切除し病理検査を行う)を行い、慢性腸症なのか、腫瘍が隠れていないかなどを確認します。
以上の検査で、確定的な原因が突き止められない場合、「慢性腸症」と診断されます。
犬の慢性腸症の治療は?

様々な検査を行い、慢性腸症以外の病気が否定された場合は、まずはFRE、IREとして治療を行います。
すなわち、まずはフードを変更し食事療法を行います。
選択するフードは小腸性下痢なのか、大腸性下痢なのかで異なっており、またベースとしては低アレルゲンのフード(新奇タンパク食、加水分解タンパク食)や高消化性、高線維、低脂肪食などが中心となります。
フードを選ぶ際に目安となる表を以下に示します。
| 小腸性下痢 | 大腸性下痢 | |
| 脂肪制限あり | 第一選択:高消化性の低脂肪食 | 第一選択:高線維の低脂肪食 |
| 第二選択:低アレルゲンの低脂肪食 | 第二選択:低アレルゲン、かつ高線維の低脂肪食 | |
| 脂肪制限なし | 第一選択:高消化性のフード | 第一選択:高線維フード |
| 第二選択:低アレルゲンのフード | 第二選択:低アレルゲンかつ高線維のフード |
処方食として発売されている種類もあれば、そうでない種類もあります。
その場合は、サプリメントを追加するなどで成分を補う場合もあります。
フード自体も1種類で効果を判定するのではなく、最低限2種類使用して反応を見る方がよいとされています。
また、処方食のみで食べてくれない場合は、少量のトッピングとして手作り食を併用するのも方法のひとつです。
また、超低脂肪食として、ササミ、ジャガイモ、米などを中心とした完全手作り食を一時的に与えることもあります。
これら食餌療法を行っても改善がない場合や、食餌療法からスタートするには犬の体調が悪すぎる場合(低アルブミン血症を起こしている、等)もあります。
その場合は、まずはお薬による治療を先行する場合もあります。
・抗菌薬(メトロニダゾール、タイロシンなど)
・免疫抑制剤(プレドニゾロン、クロラムブシル、ブデソニドなど)
また、お腹の調子を整える目的で、以下のようなサプリメントを使用することがあります。
・オリゴサッカライド
・ラクリス菌
・ビタミン など
これらの治療で順調に維持できていても、一部の犬で慢性腸症から腫瘍に発展する可能性が近年示唆されています。
「時々お腹がゆるいだけ」と軽く考えて様子を見ずに、まずは獣医師に相談することが大切です。
犬の慢性腸症の治療費の目安は?

犬の慢性腸症の治療費の目安は、その病態や治療反応により大きく異なります。
まずは慢性腸症として診断を行うにあたり、血液検査、超音波検査を行った場合でおおよそ2万円程度と思われます。
そこにさらにホルモン検査や内視鏡検査を行った場合は、追加で約2~9万円程度と思われます。
慢性腸症と診断され、FREとして食事療法のみを行う場合、処方食を使用しても月5000円から1万円程度と思われます。
IREとして抗菌薬や免疫抑制剤を使用して治療を行う場合は、月5000円から1万5000円程度と思われます。
まとめ
犬の慢性腸症は日頃よく遭遇します。
低アルブミン血症を伴って重症化して来院するケースから、軽度の下痢が続く程度のケースまで、その症状は様々です。
中には飼い主様が症状に気づかず、健康診断で見つかるケースも経験しています。
重症化する前に小さな変化でも、気になるところがあれば獣医師に相談するよう心掛けましょう。
関連記事:犬が血便した!原因はストレス?病気?便の状態や疑われる病気を紹介
参考資料
・難病情報センター
・ウォルサム™糞便スコアチャート
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この記事を書いたのは

浅川雅清
獣医師
2016年、日本大学生物資源科学部獣医学科卒
同年4月から、東京都内のペットショップ併設の動物病院に勤務
犬・猫・ウサギ・ハムスターの診療業務を行う傍ら、
ペットショップの生体管理や、動物病院の求人管理や、自社製の犬猫用おやつやフードの開発に携わる。
2023年から1年間、分院長を経験し、2024年にフリーランス獣医師として独立。
現在は診療業務の他、電話での獣医療相談や、ペット用品の商品監修など幅広い業務を行っている
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