前十字靭帯断裂とは?
前十字靭帯は、後肢の膝関節に存在します。
膝関節は、大腿骨(太ももの骨)と脛骨(スネの骨)をつなぐ関節です。
ここには、前十字靭帯をはじめ、後十字靭帯、膝蓋靭帯、側副靭帯、半月板などの結合組織により支持されています。
それぞれの組織には役割があります。
- 前十字靭帯: 脛骨が前方に変位するのを防止する
- 後十字靭帯: 脛骨が後方に変位するのを防止する
- 外側側副靭帯:膝の内反を制限する
- 内側側副靭帯:膝の外反を制限する
- 半月板;関節への衝撃を和らげ、関節がスムーズに動くようサポートする

このうち、前十字靭帯が断裂してしまったものを「前十字靭帯断裂」と呼びます。
人においては、主に運動に関連して発生すると言われています。
急な方向転換やジャンプ後の着地、他の選手との衝突や転倒時の過度な負荷などが原因となるようです。
特にサッカーやバスケットボール、スキー、ラグビーなどでの発生が多いようです。
場合によっては半月板の損傷を伴うこともあり、将来的には変形性関節症に進行することもあるようです。
あまり運動をしない人であればリハビリやサポーターでの保存療法もありますが、前十字靭帯は再生しない組織である為、一般的には手術による再建が行われるそうです。
手術後は長期のリハビリが必要のようです。
犬の前十字靭帯の機能は人とほとんど同様です。
発症は比較的高齢の犬において多いと言われており、後ろ足の関節の病気の中でも発生が多い病気と言われています。
ただし、その発症原因や治療方法が人と大きく異なります。
ここでは、犬における前十字靭帯断裂の原因や症状、診断、治療、費用について解説します。
犬の前十字靭帯断裂の原因とは?
上述の通り、人の前十字靭帯断裂は強い衝撃がベースとなり発症すると言われています。
しかし犬の場合は、前十字靭帯が加齢とともに変性し劣化することで発症します。
そこに、力学的なストレスが加わることで靭帯が損傷すると言われています。

前十字靭帯断裂が発生するリスクとしては、以下のようなものが考えられています。
- 肥満・過体重
- 犬種的な素因(遺伝)
- 関節炎(免疫介在性、感染性など)
- 内分泌疾患(クッシング症候群など)
- 関節の構造や他の整形疾患(膝蓋骨脱臼や股関節形成不全など)
これらが背景に存在し、軽度な力学的なストレスが生じるだけで断裂してしまう、というのが犬における発症機序と言われています。
いつも通りの段差の乗り降りや、散歩の時に突然発症するようなことも経験しています。
犬の前十字靭帯断裂の症状は?
犬の前十字靭帯断裂の典型的な症状は以下になります。
- 突然、後ろ足をかばう
- 足を挙げたまま歩く/着地しない
- びっこを引く
- きれいにお座りができない
- 座るときに後ろ足を外側に投げ出す
- 触ると痛がる/怒る
- 膝が腫れる
- 動きたがらない/散歩を嫌がる
- 片方の足だけ浮かせる
ただし、完全断裂した場合は上記のような分かりやすい症状を示しますが、部分断裂の場合、あまり症状を示さないか、様子を見て落ち着いてしまうこともあります。
人と同様、半月板の損傷を伴ったり、将来的に変形性関節症へと進行したりすることも知られていますので、気になる症状がある場合は早めに動物病院に相談しましょう。
犬の前十字靭帯断裂の診断に必要な検査は?
診断に際しては、まずは問診が重要です。
年齢や犬種、どのように、いつ頃から症状が出ているのか、過去に後ろ足の病気があったか、他の足に異常を感じていないか、など、飼い主様からの問診でヒントが得られることが多く経験します。
次は視診と身体検査です。
前十字靭帯が断裂している場合、多くは足を痛がり負重を避けます。
視診にて、その立ち方や座り方、筋肉量を確認し異常があるか判断します。
その次に関節を触り、ドロアーテストや脛骨圧迫試験で膝関節が異常に動くか確認します。
症状がひどければ触診で関節の腫れや関節液が確認できることもあります。
ここからは一般的にはレントゲン検査に進みます。
触診での関節のズレをレントゲンで可視化することや、触診で分からなかった関節液の貯留などを確認します。
また、前十字靭帯断裂以外に疑わしい病気が無いかどうかも同時に判断します。

(写真:筆者が実際にレントゲン検査にて前十字靭帯断裂と診断した症例)
典型的な症例であれば、ここまでで診断できることが多いと思われますが、部分断裂でレントゲン検査では判断しにくい場合や、関節炎の併発が疑われる場合などに関しては、超音波やCT、関節鏡検査などが用いられることもあります。
CTや関節鏡に関しては、備えている動物病院が限られるのが現状です。
犬の前十字靭帯断裂の治療は?
人と同様に犬の前十字靭帯断裂の治療も、手術による治療が一般的です。
症状が軽度の症例、部分断裂の症例、麻酔のリスクが高い症例などでは手術しないケースもあるようです。
ただし、将来的な変形性関節症の発症リスクを鑑みて、手術を行うことが多いとされています。

犬の前十字靭帯断裂の手術に関しては、関節包の内側から固定する「関節内法」と、外側から固定する「関節外法」の二つに分けられます。
現在、関節内法(オーバー・ザ・トップ法など)は推奨されておらず、関節外法(Lateral Suture、Angell Sling)やTPLO(脛骨高平部水平化骨切り術)がメインの治療法となっています。
すなわち、靭帯そのものを修復する人の治療法とは異なり、靭帯の代わりとなる人工物を設置したり、骨の角度を変えることで正しい関節の角度に矯正したりするような手術を行うのです。
また、半月板の損傷を伴う場合は、半月板を除去する処置も行うことがあります。
術後は1週間前後の入院を行うことが多いです。
その間、こまめなリハビリや痛み止め、抗生物質などで術創の管理と歩行機能の回復をサポートします。
手術をする、しないに関わらず、サプリメントで関節のサポートを行ってあげるのもよいでしょう。
よく用いられるサプリメントとしては、以下が挙げられます。
- コンドロイチン
- グルコサミン
- MSM
- ASU(アボカド大豆不鹸化物)
- ω3脂肪酸
- 非変性Ⅱ型コラーゲン
- プロテオグリカン
リハビリの方法は様々ありますが、一例として以下のような方法があります。
| 時期 | 内容 | 時間 | 回数 |
| 術後、覚醒前に | アイシング | 15分 | |
| 関節可動域運動 | 10回 | ||
| 術後1~3日 | アイシング | 10分 | 1日2回 |
| 関節可動域運動 | 10回 | ||
| マッサージ | 10分程度 | ||
| 術後4~21日 | ホットパック | 10分 | 1日2回 |
| 関節可動域運動 | 10回 | ||
| マッサージ | 10分程度 | ||
| アイシング | 10分 | ||
| 術後21日~ | 水中療法(水中トレッドミルまたは水泳)の開始 室内での自由運動、リードをつけての短時間の歩行など運動の強化 |
||
日常に影響がない程度に運動が行えるようになるまでは概ね4~6ヶ月ほどと言われています。
犬の前十字靭帯断裂の治療費の目安は?
犬の前十字靭帯断裂の診断にかかる費用として、レントゲン検査であれば5000円~1万円程度と思われます。
手術に向けて、全身状態を把握するために血液検査や腹部超音波検査などを行う場合は約2万円程度と思われます。
前十字靭帯断裂の手術費用の目安としては、
・関節外法(Lateral Suture法):約20万円~30万円
・TPLO法(脛骨高平部水平化骨切り術):約30万円~50万円
程度が目安と言われています。
これらに入院費や投薬の費用などが加わり、総額50~60万円前後が目安とされています。
ただし、実施する術式の数や入院期間により大きく変動する可能性があります。
まとめ
犬の前十字靭帯断裂は、日頃の診療でよく遭遇します。
早期に手術を行えば、健康な時と変わらないぐらいの歩行を守ってあげることができます。
気になる症状がある場合は、早めに動物病院に相談しましょう。
もし、手術をしない、できない状況でも、体重管理やサプリメントで体調をサポートすることができます。
治療に関しても、お悩みの際は一度動物病院に相談してみましょう。
参考資料
- セミナー「犬の高齢化とともに増加する関節疾患」枝村 一弥 先生
- セミナー「犬の跛行診断」林 慶 先生
- セミナー「膝関節の整形外科」太田 亟慈 先生
- 松波動物病院メディカルセンター 十字靭帯損傷、断裂 リハビリテーションプロトコール
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この記事を書いたのは

浅川雅清
獣医師
2016年、日本大学生物資源科学部獣医学科卒
同年4月から、東京都内のペットショップ併設の動物病院に勤務
犬・猫・ウサギ・ハムスターの診療業務を行う傍ら、
ペットショップの生体管理や、動物病院の求人管理や、自社製の犬猫用おやつやフードの開発に携わる。
2023年から1年間、分院長を経験し、2024年にフリーランス獣医師として独立。
現在は診療業務の他、電話での獣医療相談や、ペット用品の商品監修など幅広い業務を行っている
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