犬の甲状腺機能低下症とは?
甲状腺という臓器は犬においても頚部に左右一対で存在しており、「甲状腺ホルモン」という、代謝を促進するホルモンを分泌する臓器です。
犬においては、甲状腺からホルモンを分泌する機能が低下する「甲状腺機能低下症」という病気がよく見られます。
その原因は、概ね甲状腺そのものからホルモンの分泌が低下してしまうことで発症します。
二次性(下垂体からの甲状腺刺激ホルモンの分泌不足)や三次性(視床下部からの甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンの分泌不足)の甲状腺機能低下症は少ないと言われています。
甲状腺そのものからホルモンの分泌が低下してしまい起こる病気を「原発性甲状腺機能低下症」と呼びます。
甲状腺において、主に自分の免疫による甲状腺の破壊(リンパ球などのびまん性浸潤と甲状腺濾胞の変性を伴うリンパ球性甲状腺炎)や、原因不明の萎縮(線維組織あるいは脂肪組織の増生を伴う特発性甲状腺萎縮)が起こることで甲状腺の組織がダメージを受けて、ホルモンの分泌が低下することで発症します。
その発生率としては、リンパ球性甲状腺炎と特発性甲状腺萎縮でそれぞれ50%ずつと言われており、甲状腺の腫瘍などによるその他の破壊はまれと言われています。
犬の甲状腺機能低下症の好発犬種
犬の甲状腺機能低下症は高齢での発生が多く、シェルティやアメリカンコッカー、ビーグル、秋田犬、ゴールデンレトリバー、ミニチュアシュナウザー、ラブラドールレトリバーなどでの発生が多いとされています。
犬の甲状腺機能低下症の症状
犬の甲状腺機能低下症の症状は様々であり、寝る時間が長くなったり、お散歩や遊びに対し無気力感があったり、肥満、脱毛や皮膚の色素沈着や皮膚炎、食欲不振、便秘などがよく認められる症状です。
その他、寒さに対する弱さ、心拍数の低下(徐脈)、顔面神経麻痺、喉頭麻痺などの神経へのダメージ、歩き方の異常なども認められることがあります。
特徴的な症状としては、「悲劇的顔貌」と呼ばれる、顔の皮下にムチンが沈着し、粘液水腫と呼ばれる状態になることで、顔がむくんで悲しそうな状態になることがあります。
粘液水腫が重篤になると、低体温、呼吸不全、循環不全などが起こる「粘液水腫性昏睡」に陥ることがまれにあるので、的確に治療を行うことが必要です。
皮膚の症状に関しては、甲状腺機能低下症の症例の60~80%で何かしらの症状が出ているとの報告があり、実際日頃の診察においても、皮膚症状から甲状腺機能低下症を疑う症例も多々います。
特に脱毛に関しては、「ラットテイル」という尾の脱毛が典型的で、そのほか、鼻梁(鼻の上)の脱毛などもよく見られます。
その他に外耳炎や、繰り返す膿皮症、バリカンでの毛刈り後に毛が生えないなどの異常が認められることもあります。
犬の甲状腺機能低下症の診断
犬の甲状腺機能低下症の診断は、上記のような症状はもちろん、主に血液検査にて診断を行います。
まず、一般的な血液検査において認められる異常として以下のような異常がよく見られます。
- 貧血(軽度の正球性正色素性非再生性貧血が、症例の50%で認められる)
- 肝臓の数値の上昇(ALT、ALPなど)
- 血糖値の軽度低下
- コレステロール、中性脂肪の上昇(症例の75%で認められる)
さらに、コレステロールについては、LDL分画が上昇する傾向にある点が、診断のヒントになることがあります。
最終的には、実際に犬の体内にどれくらい甲状腺ホルモンが存在しているか、「T4」や「FT4」といった項目を測定することで診断を行います。
「T4」や「FT4」が基準値より低下している場合は、甲状腺機能低下症と診断することが出来ます。
現在は、健康診断の一項目として、「T4」や「FT4」を組み込んでいるプランもありますので、気になる症状がある場合、もしくは高齢である場合は一度検査を行っておきましょう。
しかし、「T4」や「FT4」が低値になるのは、実は甲状腺機能低下症だけではないので注意が必要です。
「Euthyroid sick syndrome」と呼ばれる、他の病気が原因で甲状腺ホルモンの分泌が低下している状態の存在も知られています。
ですので、確実に診断を行う場合は、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定も同時に行うとよいでしょう。
甲状腺からのホルモンの分泌が低下している場合、必然的にTSHの分泌は亢進しているはずですが、「Euthyroid sick syndrome」だと、TSHは上昇しないことが多いとされています。
「Euthyroid sick syndrome」が起こりやすい疾患としては、腫瘍、全身性感染症、循環器疾患、貧血、糖尿病、クッシング症候群、抗てんかん薬、ステロイド剤、抗がん剤の投与などが挙げられます。
甲状腺機能低下症として治療を行う前に、上記のような疾患が隠れていないか、しっかり検査を行うことが重要です。
犬の甲状腺機能低下症の治療と予後
犬の甲状腺機能低下症の治療はいたってシンプルで、内服薬による甲状腺ホルモンの補充です。
レボチロシンナトリウムという薬剤を、投与後の症状や血液検査を鑑みながら用量を決定します。
治療期間はいつまでか?と聞かれることが多いですが、発症の機序を考えると、基本的に生涯にわたって投薬を行います。
レボチロシンナトリウムは、動物用製剤であれば「レベンタ」、人薬であれば「チラージン」を用いて治療を行うことが一般的です。
レベンタは液剤、チラージンは錠剤となります。また、費用も差がありますので、総合的に見て投薬方法を決定しましょう。
一般的に治療を開始すると、食欲低下や無気力はおおよそ2週間程度、皮膚の症状は1~3か月程度で改善が認められることが多いと言われています。
その間は、例えば皮膚の症状であれば、抗生剤による治療を追加したり、シャンプーやサプリメントなどで悪化しないようサポートしたりします。
おすすめのサプリメント成分としては、「ピクノジェノール(フランス海岸松樹皮抽出物質)」、「小麦発酵抽出物」、「植物発酵糖脂質LPS」などが挙げられます。
レボチロシンナトリウムへの反応も基本的には良好で、8割程度で良好な反応が認められると言われています。
予後に関しても、適切にホルモンが補充されれば、寿命を全うすることが出来ると言われています。
症状が改善してきた頃(だいたい投薬開始後4~8週間)にホルモン測定の血液検査を行い、適切に維持されているか、減薬や増量が必要かどうかモニタリングを行いながら治療を継続します。
また、投薬をしながらモニタリングを行う場合は、レボチロシンナトリウム投与後4~6時間後での検査が推奨されています。検査の際は一度獣医師に相談の上、受診しましょう。
また、レボチロシンナトリウムによる治療が上手くいかない場合、T3製剤である「リオチロニンナトリウム」を使用することがあります。
チラージン、レベンタの副作用
チラージン、レベンタともに、適切に容量が調節されている場合において副作用は認められないことが多いです。
レベンタにおいては、添加物であるヒドロキシプロピル—β-シクロデキストリンによる嘔吐や下痢、軟便などが現れることがあるようです。
また、チラージン、レベンタともに時々肝臓の数値が上昇しうることが知られています。
レボチロシンナトリウムの過剰投与により、落ち着きがない、不眠、歩き回る、多飲、脈拍増加、不整脈、発熱、興奮、体重減少、嘔吐、下痢、発疹などが認められるようです。
また、副腎皮質機能低下症の症例には原則投与しないとされており、甲状腺機能低下症と副腎皮質機能低下症が合併している症例で、投与後に心原性肺水腫を起こした報告がされていますので、心臓の病気がある症例は投与開始の用量を通常の25~50%にすることが推奨されています。
また、糖尿病との併発の際は、レボチロシンナトリウムの投与により低血糖になる可能性があるので注意が必要です。
犬の甲状腺機能低下症の治療にかかる料金の目安
犬の甲状腺機能低下症の治療にかかる料金は、地域や病院により大きく異なると予想されます。
一般的に、小型犬であればレベンタ1本で半年ほど持ちますので、1か月の薬代は2000円~3000円となります。
チラージンであれば、一般的に1か月の薬代は3000円~6000円となります。
その他、皮膚の症状への治療や定期的な血液検査の費用がかかる形になります。
定期検査の内容は、甲状腺ホルモンの他、一般的な血液検査(RBC、WBC、Hg、Ht、TP、Alb、ALT、AST、ALP、GGT、T-chol、TG、Glu、BUN、Cre、電解質など)が推奨されています。
まとめ
犬の甲状腺機能低下症は、よく遭遇する疾患です。
しかし、現在は甲状腺機能低下症を予防する方法はありません。
早期に病気を発見し、早期に治療を行うことが重要です。
症状が分かりにくく、「高齢だから」ということで見過ごされているのも実際です。
上記に当てはまる症状がある場合は、放置していると重篤な状態になってしまうことがありますので、早めに受診しましょう。
参考資料
・犬と猫の内分泌ハンドブック
・富士フィルムVETシステムズ株式会社 セミナー
・「犬の甲状腺機能低下症の診断と治療」セミナー 西飯 直仁 先生
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この記事を書いたのは

浅川雅清
獣医師
2016年、日本大学生物資源科学部獣医学科卒
同年4月から、東京都内のペットショップ併設の動物病院に勤務
犬・猫・ウサギ・ハムスターの診療業務を行う傍ら、
ペットショップの生体管理や、動物病院の求人管理や、自社製の犬猫用おやつやフードの開発に携わる。
2023年から1年間、分院長を経験し、2024年にフリーランス獣医師として独立。
現在は診療業務の他、電話での獣医療相談や、ペット用品の商品監修など幅広い業務を行っている
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