前庭疾患とは?

耳の構造は外側から、「外耳」「中耳」「内耳」の3つに分けられます。
「外耳」というのは耳介から鼓膜までを指し、中耳は鼓膜の内部、内耳はさらにその奥にある平衡感覚や聴覚を司る部分を指します。
「前庭」は内耳に存在し、第8脳神経(内耳神経)で脳と繋り、平衡感覚を司っています。
ここに何かしらの原因で障害が加わると特徴的な症状を示します。
人においては、以下のような病気が内耳に発生するようです。
- 良性発作性頭位めまい症
- 薬を原因とする耳の障害
- 耳帯状疱疹
- メニエール病
- 化膿性内耳炎
- 前庭神経炎
- 前庭神経鞘腫
犬の前庭疾患とは?

犬にも人と同様に「前庭」が存在し、そこに障害が加わると、斜頚(首を傾ける)、斜視(黒目が正面ではない方向を向く)、眼振(目が左右または上下に振れる)、旋回行動(一定方向にぐるぐる回る)といった特徴的な症状を示します。
比較的発生は多く、治療により症状は治ることが多いです。
しかし犬の場合、「奇異性前庭症候群」と呼ばれる、脳の異常から前庭症状を示すこともあり、また上述した人の病気とは異なる原因で発症することも知られています。
体の平衡感覚を司る脳は主に「小脳」であり、「延髄」という部分を介して前庭に繋がっています。
ですので、小脳や延髄において障害が加わった時も、あたかも前庭疾患のような症状を示すことが知られています。
ここでは、犬における前庭疾患と、前庭疾患と同じ症状を示しうる病気について解説します。
犬の前庭疾患の原因とは?
犬における原因は、特発性前庭疾患が33%、中耳・内耳炎が23%、脳炎が15%、脳腫瘍が11%、脳梗塞が10%ほどと報告されています。
また、犬の前庭疾患は「中枢性」と「末梢性」に分けられます。
中枢性は、小脳や延髄などの脳・脳幹に原因があり症状を示します。
原因としては、以下のようなものが挙げられます。
脳炎
犬の脳炎には、感染性(細菌、ウイルス、真菌、リケッチア、原虫など)や免疫介在性、原因不明の脳炎が知られています。
日本では原因不明の脳炎、種類としては「壊死性髄膜(白質)脳炎」、「肉芽腫性脳脊髄炎」などの発生が比較的多いとされています。
脳腫瘍
犬の脳腫瘍とは、脳に発生する各種の腫瘍を総じて「脳腫瘍」と呼びます。
主な腫瘍の種類としては「髄膜腫」という、脳の「クモ膜」という部分の細胞から発生するものや、「グリオーマ」という、脳の神経細胞そのものから発生する腫瘍などが挙げられます。
関連記事:犬の脳腫瘍はどんな病気?余命や治療は?
頭部外傷
散歩中に交通事故に遭う、落下するなどで頭部の血管や骨を損傷し、脳実質にダメージが及んでしまい発症することがあります。
対して末梢性は、耳や内耳そのものに原因があり症状を示します。
原因としては、以下のようなものが挙げられます。
外耳炎、中耳炎、内耳炎
犬において、外耳炎はよく発生します。
アレルギーや脂漏症、マラセチア、耳道内腫瘤などが関連することが多いです。
その外耳炎が重度になると、続く中耳や内耳にまで炎症が波及することがあります。
その際に前庭症状を示すことがあります。
関連記事:犬の外耳炎はドラッグストアの市販薬で治る?症状や原因など徹底解説
特発性前庭疾患
多くは突然発症する原因不明の前庭疾患であり、特に高齢の犬に発生することが多いとされています。
通常、意識は正常で、上記のような典型的な前庭症状を示します。
身体検査や血液検査に異常がない場合で、年齢や犬種から暫定的に診断されることが多い疾患です。
甲状腺機能低下症
甲状腺という臓器は犬においても頚部に左右一対で存在しており、「甲状腺ホルモン」というホルモンを分泌しています。
甲状腺からホルモンを分泌する機能が低下する病気を「甲状腺機能低下症」と呼びます。
主に自分の免疫による甲状腺の破壊(リンパ球などのびまん性浸潤と甲状腺濾胞の変性を伴うリンパ球性甲状腺炎)や、原因不明の萎縮(線維組織あるいは脂肪組織の増生を伴う特発性甲状腺萎縮)が起こることで甲状腺の組織がダメージを受けて、ホルモンの分泌が低下することで発症します。
犬の甲状腺機能低下症は高齢での発生が多く、シェルティやアメリカンコッカー、ビーグル、秋田犬、ゴールデンレトリバー、ミニチュアシュナウザー、ラブラドールレトリバーなどでの発生が多いとされています。
関連記事:犬の甲状腺機能低下症とは?症状や薬、治療の費用は?
犬の前庭疾患の症状は?

上述の通り、前庭疾患は以下のような特徴的な症状を示します。
- 斜頚(首を傾ける)
- 斜視(黒目が正面ではない方向を向く)
- 眼振(目が左右または上下に振れる)
逆に言うと、前庭症状からはどの病気か判断することが難しいことがほとんどです。
以下のような症状が付随する場合は、前庭症状の原因となる何か病気が隠れている可能性が高まりますので、早めに受診することを心掛けましょう。
- 元気がない/ぐったりしている
- 立てない/歩けない
- 食べない/食欲がない
- 嘔吐や下痢がある
- 発作/痙攣を起こしている
- 前足や後ろ足、片側の足が麻痺している
- 旋回行動(一定方向にぐるぐる回る)をしている
- 目が見えない/瞳孔の大きさがおかしい
犬の前庭疾患の診断に必要な検査は?

犬の前庭疾患の診断に必要な検査は多岐に渡ります。
まず、内臓に異常があり前庭症状を示していないか、血液検査やレントゲン検査、超音波検査などでスクリーニング検査を行います。
さらに、中耳炎や内耳炎に繋がる耳の異常がないか、耳鏡を用いて観察します。
ここまでで異常が認められた場合は、それぞれに対するさらなる精査を行います。
反対に異常が認められない場合は、脳や神経の異常である可能性が高まります。
その場合、次に推奨されるのが全身麻酔下でのMRI検査になります。
しかし脳や神経の病気である場合、発症が高齢であることが多く、全身麻酔下でのMRI検査や脳脊髄液検査にリスクが伴うケースもあります。
その際は、対症療法による治療が先行することもあります。
犬の前庭疾患の治療は?

脳炎
感染性の脳炎であれば、病原体に対し適切な治療薬を用いて治療を行います。
免疫介在性や原因不明の脳炎の場合は、免疫抑制剤(シタラビン、ミコフェノール酸モフェチル、ステロイド剤など)を中心とした治療を行います。
その他、症状に合わせて抗てんかん薬を使用したり、サプリメントなどで体調をサポートしてあげたりする方法が用いられます。
発作や痙攣には「フランス海岸松樹皮抽出物(ピクノジェノール)」、「中鎖脂肪酸(MCT)」、「カンナビジオール」、「オメガ3脂肪酸」などがオススメです。
脳腫瘍
脳腫瘍の治療法に関しては他の腫瘍と同様に、外科手術、放射線治療、抗がん剤による治療が中心となります。
ただし、高齢の犬での発症が多い為、また脳という部位の為、手術が積極的に行われるケースは少ないです。
また、放射線治療は可能な施設が限られており、頻回の全身麻酔から治療費も高額になりがちです。
抗がん剤(ロムスチン、ヒドロキシウレアなど)もそこまで顕著に効果があるものは少なく、年齢的にも対症療法(抗痙攣薬やステロイド)を行い、緩和ケアをするケースが多いのが実際です。
その他、サプリメントなどで体調をサポートしてあげる方法が用いられます。
発作や痙攣には「フランス海岸松樹皮抽出物(ピクノジェノール)」、「中鎖脂肪酸(MCT)」、「カンナビジオール」、「オメガ3脂肪酸」など、腫瘍には「タヒボエキス」などがオススメです。
外耳炎、中耳炎、内耳炎
一般的に外耳炎は、細菌などの感染を伴った炎症であることが多い為、抗生物質の投与を行うことが多いです。
また、炎症を早く引かせるため、またはアレルギーが原因であることを考え、ステロイド剤を内服することも多いです。
また、原因となっている外耳炎を治療するために、耳掃除や点耳薬による処置・治療も同時に行われます。
また、外耳炎を繰り返す場合は再発防止としても、日頃のこまめな耳掃除は重要となってくるでしょう。
特発性前庭疾患
特発性前庭疾患は原因が不明の為、基本的には対症療法を行い、自然と治まるのを待ちます。
犬が感じていると思われる「めまい」に対して、抗ヒスタミン薬やベンゾジアゼピンを使用したり、脱水予防のための皮下点滴、制吐剤やビタミン剤、ステロイド剤の投与行ったりすることで治療を行います。
重症度によっては後遺症の症状が残ったり、認知症へ繋がったりする場合があるようです。
また、自力での採食やトイレが困難な場合には、治るまで介助する必要があります。
甲状腺機能低下症
犬の甲状腺機能低下症の治療はいたってシンプルで、内服薬による甲状腺ホルモンの補充です。
レボチロシンナトリウムという薬剤を、投与後の症状や血液検査を鑑みながら用量を決定します。
レボチロシンナトリウムは、動物用製剤であれば「レベンタ」や「フォーサイロン」、人薬であれば「チラージン」を用いて治療を行うことが一般的です。
一般的に治療を開始すると、食欲低下や無気力はおおよそ2週間程度、皮膚の症状は1~3か月程度で改善が認められることが多いと言われています。
その間は、例えば皮膚炎であれば、抗生剤による治療を追加したり、シャンプーやサプリメントなどで悪化しないようサポートしたりします。
おすすめのサプリメント成分としては、「ピクノジェノール(フランス海岸松樹皮抽出物質)」、「小麦発酵抽出物」、「植物発酵糖脂質LPS」などが挙げられます。
犬の前庭疾患の治療費の目安は?
犬の前庭疾患の治療費は、その原因や治療方法により大きく異なります。
特発性前庭疾患であれば、症状が落ち着くまでの数週間~数か月の間、内服薬による治療を行ったとして、概ね1~2万円程度の治療費と思われます。
脳炎の場合であれば、免疫抑制剤単剤であれば月2~5万円程度と思われます。
脳腫瘍であれば、治療法により治療費に差が出てきます。
一般的な脳の外科手術は100~150万円程度、放射線治療は50~100万円程度言われています。脳炎と同様に、免疫抑制剤単剤であれば月2~5万円程度と思われます。
まとめ
高齢の犬において、前庭症状を含めた脳・神経に関わる症状は、日頃から多く遭遇します。
急に症状が現れることもあれば、老犬だから仕方ない、または当然だと思い込んで見過ごされているケースも多々経験します。
その背景には実は病気が隠れていました、ということも少なくありません。
年齢を問わず、気になる症状が見られた場合は、速やかに受診するよう心掛けましょう。
参考資料
・MSDマニュアル家庭版
・「脳腫瘍との向き合い方」セミナー 金園先生
・「犬の原発性脳腫瘍」セミナー 長谷川 大輔先生
・「前庭徴候を示す患者さんへのアプローチ」セミナー 斎藤 弥代子先生
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この記事を書いたのは

浅川雅清
獣医師
2016年、日本大学生物資源科学部獣医学科卒
同年4月から、東京都内のペットショップ併設の動物病院に勤務
犬・猫・ウサギ・ハムスターの診療業務を行う傍ら、
ペットショップの生体管理や、動物病院の求人管理や、自社製の犬猫用おやつやフードの開発に携わる。
2023年から1年間、分院長を経験し、2024年にフリーランス獣医師として独立。
現在は診療業務の他、電話での獣医療相談や、ペット用品の商品監修など幅広い業務を行っている
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