前立腺肥大とは?
人における前立腺は、尿道を取り囲むように膀胱の出口付近に位置する、男性特有の臓器です。
精液の一部を作る役割を担っており、生殖機能に関わる重要な器官のひとつです。
前立腺肥大とは、その前立腺が加齢やホルモンの影響などで大きくなってしまう状態を指します。
人においては、50歳頃から加齢とともに増加し、50歳代では20~30%、80歳以上になると80~90%の男性で前立腺肥大が起こると言われていて、とても一般的な病気です。
症状としては、頻尿や残尿感、排尿困難(尿が出にくい)などが起こり、日常生活に支障をきたすこともあるようです。
症状から前立腺肥大が疑われる場合、超音波検査で前立腺の大きさを測定したり、血液検査前立腺特異抗原(PSA)を測定したりするようです。
治療としては、軽症~中等症では、前立腺や尿道の筋肉を弛緩させ排尿を補助するα1遮断薬や、男性ホルモンの作用を抑え前立腺の肥大を抑える5α還元酵素阻害薬などが用いられます。
症状が重い場合や薬での改善が見込めない場合には、経尿道的前立腺切除術(TUR-P)やホルミウムレーザー前立腺核出術(HoLEP)などの専門的な手術を行うこともあるようです。
犬の前立腺肥大とは?

犬においても、前立腺は膀胱の出口の背側に存在し、精液の一部を作る役割を担っている副生殖腺です。
その機能は、精巣から分泌されるアンドロジェンやエストロゲンの作用によって維持されています。
前立腺肥大は多くの場合、人と同様に加齢とともに発生が増加します。
6歳を超えた未去勢の犬での発生率は80%ほどと言われており、老犬において非常に一般的な病気です。
特に未去勢のオスにおいては、ホルモンバランスの変化、特にエストロゲンの相対的な増加により、前立腺の上皮細胞および間質細胞が異常に増殖し、前立腺肥大を発症すると考えられています。
ですので、一般的には「良性の前立腺過形成」で肥大することが多いと言われています。
しかし、場合によっては前立腺癌のような悪性腫瘍により、前立腺肥大が起こるケースもあります。
その場合は、良性の前立腺過形成と治療方法も予後(余命)も大きく異なりますので、両者の鑑別は非常に重要です。
今回は、そんな犬の前立腺肥大について、原因・症状・診断・治療法などを詳しく解説していきます。
犬の前立腺肥大の原因とは?
上述の通り、犬の前立腺肥大は主にホルモンバランスの乱れによって引き起こされます。
そのため、若い頃に去勢手術を受けた犬ではホルモンの影響が無くなる為、前立腺肥大はほとんど発生しません。
また、一部の犬種において発生が多く認められることから、遺伝的な要因も疑われています。
さらに、尿道からの細菌感染が原因で前立腺炎が生じ、その結果として肥大や嚢胞の形成が引き起こされることもあります。
細菌としては、大腸菌、ブドウ球菌、プロテウス、レンサ球菌、緑膿菌などが知られています。
一方で、前立腺癌や移行上皮癌などの悪性腫瘍によって前立腺が肥大するケースもありますが、これらの腫瘍がなぜ発生するのかについては、現時点ではまだ明確には解明されていません。
関連記事:犬の去勢手術はいつやる?メリットとデメリット・費用までを解説
犬の前立腺肥大の症状は?

犬の前立腺肥大は、初期では無症状であることも少なくありません。
腹部のレントゲン検査やエコー(超音波)検査を行った時に偶然見つかる場合や、健康診断を行って見つかる場合もあります。
進行すると、主に以下のような症状が見られることがあります。
- トイレに行く回数が増える(頻尿)
- 一回の尿の量が少ない
- 排尿の時間が長い(排尿困難)
- 尿モレ
- 尿に血が混じる(血尿)
- 便秘
- 排便時のしぶり
- 細く平たい便が出る
- 腹部を触られることを嫌がる
- 元気がなくなる
- 食欲がなくなる
- 熱がある
- 歩き方がおかしい
良性の前立腺肥大の場合は背側に肥大する傾向があり、隣接する直腸や結腸を圧迫し、便秘や細い便が出ると言われています。
一方で、前立腺癌の場合はあまり起きにくいと言われています。
また、前立腺炎や前立腺癌の場合は、痛みや出血を伴うことが多く、触られるのを嫌がる、元気や食欲が無くなる、熱がある、といった全身的な症状が認められることもあります。
特に前立腺癌は骨への転移が多い為、その影響で歩き方に異常が出るケースもあります。
犬の前立腺肥大の診断に必要な検査は?
犬の前立腺肥大の診断においては、画像診断が有力な診断方法となります。
腹部のレントゲン検査では、腫大した前立腺が膀胱の尾側に認められることがあり、特に重度に腫大した場合に明瞭に確認できます。
より詳細な評価にはエコー検査が有効で、膀胱の尾側に位置する前立腺の形状や内部構造を確認することができます。
ある報告によれば、犬の正常な前立腺の大きさは約13~30mm程度とされています。
正常な前立腺は均一なエコー像を示しますが、形の不整、嚢胞の形成、または大きさの異常がみられる場合は、前立腺疾患の可能性が高まります。
特に前立腺癌では、石灰化を伴い、エコー上で白くまだらな像(高エコー像)として描出されることが特徴です。
また、前立腺炎や膿瘍形成がある場合には、嚢胞が黒く抜ける像(低エコ―像)として見られることも少なくありません。
加えて、尿検査も併用することが一般的です。
血尿や細菌感染の有無を調べることで、前立腺炎や腫瘍などの鑑別のヒントとなります。
可能であれば、カテーテル採尿による吸引により前立腺分泌物や腫瘍細胞を採取し、細胞診断を行うことで診断の一助となることもあります。

(筆者がカテーテル採尿で回収し、腫瘍を疑った上皮細胞)
尿中に細菌が認められた場合は、細菌培養検査を実施し、どの菌が原因なのか、どの抗生剤が有効なのかを判定する検査も行うと、より治療がスムーズに行えるでしょう。
犬の前立腺肥大の治療は?
犬の前立腺肥大の治療は、原因により大きく異なります。
良性の前立腺過形成
上述の通り、ホルモンのバランスが乱れることにより発症することから、去勢手術による精巣の摘出が第一選択と言われています。
しかし、発症時には多くの場合高齢で、かつ感染や炎症を伴っていることも少なくありません。
その場合は、内服薬による治療が行われるケースもあります。
抗アンドロジェン製剤としてクロルマジノン酢酸エステル、酢酸オサテロン(ウロエース®)といった薬剤を使用します。
概ね数週間で治療効果が表れ、前立腺が小さくなると言われています。
前立腺癌
腫瘍の治療法は大きく3つあり、手術、放射線治療、抗がん剤です。
前立腺癌と診断された際の理想的な治療は「手術」になりますが、年齢や術後の合併症(尿失禁や尿道の狭窄など)を鑑みると、あまり現実的ではない治療方法です。
そのため、抗がん剤や内服薬による緩和治療が中心となることが多いのが実際のところです。
ただし、現時点で抗がん剤による標準治療は確立されていません。
ピロキシカム(非ステロイド性抗炎症薬)でのCOX阻害による抗腫瘍効果が報告されている他、カルボプラチンやドキソルビシン、ミトキサントロンなどが使用されるケースが報告されています。
前立腺炎/嚢胞
細菌感染が疑われる場合は、適切な抗菌薬を使用します。
嚢胞や膿瘍が重度である場合は、注射針による液体の吸引や、手術によるドレーンの設置、嚢胞の切除などが必要になる場合があります。

その他、補助的にサプリメントが用いられることもあります。
よく用いられるサプリメントとしては、
- ノコギリヤシ
(ホルモンによる刺激から保護し、泌尿機能を高めてくれる作用が期待されています。) - タヒボエキス(腫瘍に対し効果が期待されています。)
- クランベリーエキス
- ウロガラシエキス
- N-アセチルグルコサミン
などが挙げられます。
犬の前立腺肥大の治療費の目安は?
犬の前立腺肥大の治療費の目安は、その原因や治療内容によって大きく異なります。
良性の前立腺過形成で去勢手術のみを実施する場合は、体重によりますが概ね3~5万円程度と思われます。
手術を行わず、抗生剤や抗アンドロジェン製剤で治療を行った場合は、一か月で約5000円~1万円程度と思われます。
もし前立腺癌が原因である場合、ピロキシカムによる緩和治療を行った場合だと月に5000円程度と思われます。
抗がん剤を使用した場合は、投与前の検査費用なども含め、月に2~3万円程度と思われます。
まとめ
犬の前立腺肥大は日頃よく認められる疾患です。
その原因を見定めることが重要なのはさることながら、早期発見・早期治療を行うことで、より治療の効果が発揮できる病気です。
老犬で見つかることが多い病気であるため、上述の様々な治療方法の中から、負担が無い最適な治療を選択してあげることも非常に重要だと考えています。
気になる症状がある場合は、「老犬だから仕方ない」と放置せず、一度獣医師に相談してみましょう。
参考資料
・獣医繁殖学 第四版
・日本獣医腎泌尿器学会 認定医認定講習会
・ベッツワンプレス 2013秋号(36)
・犬と猫の治療ガイド2015
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この記事を書いたのは

浅川雅清
獣医師
2016年、日本大学生物資源科学部獣医学科卒
同年4月から、東京都内のペットショップ併設の動物病院に勤務
犬・猫・ウサギ・ハムスターの診療業務を行う傍ら、
ペットショップの生体管理や、動物病院の求人管理や、自社製の犬猫用おやつやフードの開発に携わる。
2023年から1年間、分院長を経験し、2024年にフリーランス獣医師として独立。
現在は診療業務の他、電話での獣医療相談や、ペット用品の商品監修など幅広い業務を行っている
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