1人の男性と1匹の猫の物語

群馬県に住む50代の男性Aさんは愛猫との2人暮らし。

ある日愛猫のミィちゃんの元気がないことを心配してAさんが動物病院へ連れていくと獣医師からある病気を宣告されます。

それは「末期の腎不全」。

余命は早くて数日、もって半年。

Aさんは途方にくれ、早く気がついてあげられなかった事を悔やみました。

一変した生活。通院と在宅介助の日々。

その日から治療を開始し、ごはんを食べない日はどんな物なら食べるだろう、とミィちゃんの為に思い付くことを考えては実行し、それから数日が経過しました。

「治すことは出来ないが、その分少しでも辛い思いをさせないようにしたい。」

末期と診断された事に責任を感じていたAさんはほとんど周囲に悩みをこぼさず、ミィちゃんの事だけを考え、必死で支え続けました。

しかし・・・

 

すでに、余命数日と宣告されてから1か月が経過し、2人が半年以上先も頑張ろうと考えるようになった頃の事です。

今まで落ち着いてきた症状が繰り返し起こるようになり、ミィちゃんの状態も徐々に悪化していきました。

Aさんは仕事と両立しながら、ミィちゃんを介助する時間も日に日に増して行きます。

体力面や精神面でもAさんには少しずつ疲れの色が見え始めますが、

それでも必死に支え続ける大きなAさんの姿を、小さな瞳でミィちゃんは見守り続けていました。

 ミィちゃんとの出会い、特別な絆

遡る事18年前。

親から見捨てられ彷徨っていたところをAさんが保護し、自宅へ向か入れた日から2人の生活が始まりました。

実はAさんは一緒に暮らす家族がいます。

しかし、家族は突然自宅にやってきたミィちゃんにあまり関心を持たず、お世話はAさんがほとんどおこなっていました。

あまり懐いてくれないミィちゃんとは反対に、Aさんだけは仲良くなりたい一心で色々なおもちゃを買い、近づいては見放され一定の距離を保った生活を送ってきました。

月日が経ち、徐々にAさんに心を開き始めたミィちゃんでしたが、他の家族とは心の距離は遠いまま。

そんなAさんは、「長年一緒に過ごしてきた中で今回の病気を機に初めて、お互いが必要な存在なんだと実感した。」と言います。

それはミィちゃんの目からも見て取れました。

 

翌日、Aさんはいつものようにミィちゃんを連れて診察の為動物病院へ向かいました。

検査と治療を終え、帰宅。

診察の結果、前回よりも結果は深刻でした。

ごはんもほとんど喉を通らず、痛い治療を行う日々。

「ミィちゃんは果たして幸せなのか。」

 

Aさんは、ずっと考えていました。

ミィちゃんの幸せな最期とは何なのか。

辛い思いだけはさせたくない。せめて最期は一緒にいてあげたい。

でも、もしも自分が家にいないときにその時が来たら…。

心のどこかで回復してくれることを願いながらも、現状と向き合うAさんの中にはある覚悟が芽生えていました。

 

 最期の日・・

ミィちゃんの性格を誰よりも分かっていたAさん。

ミィちゃんが誰よりも心を開いていたAさん。

18年間で築き上げられた信頼関係は、気が付けば計り知れない程大きなものになっていました。

涙をこらえAさんはミィちゃんを抱き、大きな手で優しく撫でます。「ありがと。」「ごめんね。。」

 

間もなくして、ミィちゃんはAさんの腕の中で静かに目を閉じました。

そして、Aさんに抱かれたまま、安心したように永遠の眠りにつきました。

 

出会いの数だけ、物語がある

飼い主は、時に辛い決断を迫られることもあります。

どの方法が正しいのか。この子の為に何をしてあげれば良いのか。

どんな時も飼い主は「一番良い方法」を探してあげようと必死で考えています。

全ては愛するペットの為に。

その姿を、何も言わず遠くから見つめている動物たちも、その姿を見つめながら頭の中で色々な事を考えています。

不安そうだな。何かあったのかな?

 

「心は脳にある」という言葉があるように、お互いがお互いを思いやる気持ちは、言葉を交わせずとも通じ合っているのです。

きっと、ミィちゃんとAさんの間にも目に見えない通じ合う心が存在していたのだと思います。

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